12年

毎年同じようなことを書いているようで申し訳ないのですが、1月17日は祈りの日というわけで、また書かしてもらいます。

もう12年。
月並みですが、「早かった」という思いは強いです。
「日常」が崩れてしまったあの日。
「日常」がどれほどかけがえのない大事なものであるか身にしみました。

とんでもない光景を目の前にしても、頭がなんの反応もできない。
ただ、黙々と、これが悪い夢であることを願うかのように、みんな沈黙の中生きていたような気がします。
いつまで経っても悪い夢をみているような気持ちが続きました。

そんなときに限って、夕焼けがやけに綺麗に目に写りました。
それが憎らしくて、憎らしくて。

1ヶ月経ったあと、普段の3倍の3時間かけて高校にたどり着いたら、新聞の長い死亡欄に載っていた同級生の名前に間違いなかったことを知りました。

17歳。
あまりにも若すぎる。
20歳のお姉さんと共に、彼女は亡くなりました。

理不尽さに怒りを覚えても、怒りの矛先はどこへも向けることができません。

卒業式も、成人式も、みんなで彼女のことを想いました。
そして毎年この1月17日も。

彼女は永遠に17歳。

地震の前日、放課後にバスで一緒になっておしゃべりをし、乗り換えの駅で、快速を待つ彼女と、停車していた普通に乗り込む私は、同じホームで「またねー」と言って別れました。
ホームを背にした座席に座ってから、私は振り返って彼女を見ました。

ホームに立つ彼女の後姿が、今も私の目に焼きついています。
彼女は本当に、かわいくて、やさしくて、気さくな人でした。
やりきれない気持ちは消えないでしょう。

あれから12年。
時が経つのは早かったけども、振り返れば自分はずいぶんと遠くまできたなあと思います。

これからも辛いことはあるとは思うけれど、人生の節目ごとに決意してきた、彼女の分もがんばって生きていこうという気持ちを忘れず、これからもがんばって生きていきたいです。